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痛い体と痛い心⑧

痛みは、あなたへの「ラブレター」

もし、あなたに「痛覚」がなかったらどうなるでしょうか。

 車に轢かれても、包丁で指を切っても「平気だ」と言って動き続け、やがて命を落とすまで異変に気づけないでしょう。 

つまり「痛い」「苦しい」という感覚は、あなたが生き続けるための最も頼りになる生存本能なのです。

 「ちょっとくらい我慢しなさい」 当然ちょっとの我慢は大切ですが、子供はその匙加減を汲み取れず、全部我慢しなきゃいけないの?等大げさにとらえてしまったりします。

 過去の経験から一見ネガティブと思って委縮してしまうような情報も、もしかしたら心配無用な情報かもしれません。 

一度しっかり「事実」を確認してみませんか? 幼い頃に勘違いして受け取ってしまった言葉や教育のイメージが、大人になった私たちを「休めない」「倒れるまで働く」という鎖を作ってしまうことがあります。 ですが、実は痛みや少しの我慢は敵であるばかりではありません。 

「あなたは今、ここに生きにくさを感じているよ」と教えてくれる、身体からの切実なラブレターなのです。 視点を変えれば乗り越える壁、又は好ましい変化の到来の予兆かもしれません。

 つまり成長痛であることも多いのです。

Point:「痛いから休んでいいよね」という免罪符としての痛みではなく、「変化と成長の糸先」。 ここで何らかの思考パターンの変化や行動パターンの変化が必要な場面である、など、多視点を持ち自分との対話のきっかけにしましょう。 あなたの本心に沿った決断であれば何を選んでもいいのです。